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“SB 4 ” 【足場板 4】  三つの教室との出会い! その1 “Home Alone”

学びづくり

執筆者

SVYS

 毎日授業をしている先生方は、その毎日の中に「奇跡」を見ることはないかもしれません。

 一方、わたしのようにある期間をおいて伺う者は、子どもたちの育ちと発達の姿に、授業でのチャレンジとジャンプに、あるいは聴き合い・かかわり合う姿の中に「奇跡」のように感じる出来事に出会うことがあります。久しぶりに伺う教室はもちろん、初めて伺う教室でも、息をのみ、心を動かされる出来事に出会います。

 ゴールデンウィークの連休をはさんで、三つの教室に出会いました。

N町立N中学校 2年1組 Y先生 英語 “Home Alone” 

S市立N中学校 3年1組 S先生 英語 “The Most Beautiful Thing”

M町立I小学校 6年1組 M先生 算数「文字と式」“文字を使った式で場面を表せるのか?”

 この三つの前にも、後にも、いくつもの心動かされる教室に出会いましたが、まず三つの教室を紹介できたらと思います。

 一つめは、4月27日(月)、N町立N中学校、今年度最初の校内研究会の日。

5校時、研究主任Y先生の提案授業(2年生・英語)。

 “Home Alone” !!

次の二つの課題によりデザインされています。

 (1)共有の課題

 映画「Home Alone」の一場面について、日本語字幕に合う英語表現を、第1学年の既習の語句 や文法を用いて考え、穴埋めをする。

 (2)ジャンプの課題

 映画「Home Alone」の一場面について、話の流れや登場人物の背景を踏まえ、日本語字幕として適切な表現を考えて作成する。

高い課題です。

ワクワクする課題です。

 Y先生は「教科書」の指導においては手堅く堅実にかつ協同的な授業をデザインする一方、動画を活用した授業では、生きて働く英語のオーセンティックな学びをデザインします。

 実際に使われるフレーズ(言い回し)や、簡単な単語なのに発音の音変化が難しい単語を聞き取り、自分なりの日本語を考える、、、まさにジャンプです。

 先生は、何度も耳にできるように動画を流しながら、そして時に文法的なことがらで足場をかけながら、探究と協同を促します。

 生徒さんたちは、静かな集中の中、つぶやき合いながら、英語を聴き取り日本語を探します。

 5つのグループの全員がつながりながら学び続け、やがて自分の中で一番という日本語をつづり、最後に数人がそれを披露します。誰一人抜け落ちることなく、生きて交わされる英語に出会い、自分のことばとつなげながら「日本語字幕」を生み出しました。

 私は撮影しながら「余分なものが一つもないのに、あるべきことはすべてある」と心の中で呟いていました。

 そして、授業のラスト3分半にドラマが起きました。

 日本語も英語も話せない男子生徒Aくん。アジアのある国出身の彼は母語しか話せません。英語もできません。日本語の指導は受けていますが、かなり途上。どの教科でも、グループの中でぽつんと一人でいる姿を見ます。

 でも“Home Alone”はちがいました。

 英語はよくわからないけれど、でもシーンは楽しんで観ています。笑顔のAくん。辞書を手に取り、積極的にワークシートに取り組みます。考えています。が、やはり難しい。

 隣席のBくんが時折声をかけます。Aくんも前の子を見たりしますが、自分からは(日本語で)聞くことができません。

 授業のラストになりました。最後にもう一度Y先生がシーンを流しはじめます。

 するとBくんがAくんに和やかな温かい笑顔で話しかけました。問いかけたり、指さして教えたり、ワークシートに一緒に取り組んでいます。

 黒板の正面からビデオカメラを回していたわたしは、別のカメラで後ろの席の二人を撮り続けました。最大アップしても限界があり、大きくは撮れませんでしたが、3分半撮り続けました。

 次第に内容を理解し、顔が明るくなり、楽しそうに問いかけるAくん。にこやかに応じ、聴き合いながら学びを進める二人。わたしは思わず「奇跡」が起こった、と思ってしまいました。

 そして、Bくんにも驚きました。普通の言い方なら「教えている」Bくんなのですが、Bくんの方が、Aくんよりもっとうれしそうな顔をしている!! のです。これが学び合う「奇跡」であり、また教える子にとって大きな学びがあることをわたしは改めて学びました。

 ヴィゴツキィは「発達は他者とともに起こる。そしてその後に同じ発達をもう一度一人でジャンプする。同じ発達を二度するのだ」と言います。一人で習熟することはあるが、それはAがBになる「発達」ではなく、AがA'になることで「発達」ではない、と言います。

 まさにAくんはBくんとともに今の水準から次の水準にジャンプしています。そして、やがて一人でできるようになるでしょう。彼のそのような「未来」が視えるように感じました。

 Bくんは、理解し考え学んでいるAくんを観て、ただ単に自分が助けた喜びを感じているだけではないでしょう。

 Aくんが歩んでいること、それを自分も後押しできたこと、そして教えながら自分自身がさらに “Home Alone” を味わい直し、さらに深く理解できていること、そして何より人とつながることの「仕合わせ」に、さらにきっと大きな喜びを感じていることでしょう。それは参観している私たちをも「幸せ」にします。

 佐藤学さんは、“個人で行えるのは〈練習〉と〈記憶〉だけである”、“わかっている子どもは、わからない子どもへの応答によって「わかり直し」を経験し、わからない子ども以上に恩恵がもたらされている”と書いています。(「新版 学校を改革する」)

 その「仕合わせ」をまざまざと観させてくれたAくんとBくん!!

 そして 2年1組 “Home Alone”の教室でした。